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弁護士 池田千絵が「育児休業の取扱いに関する法的問題」を投稿しました

2018年11月20日

「育児休業の取扱いに関する法的問題」
 
はじめに
 先日、妊婦が医療機関を受診した際に、妊婦であるという一事をもって、「妊婦加算」がなされることが各種報道機関において社会問題として取り上げられました。実際、妊婦であるからといって、必ずしも特別な配慮が必要になるとは限らず、一律加算に合理性が認められるのか疑問に感じられるところです。
 そこで、今回は、「妊産婦を妊産婦として取り扱うことの意味」について、裁判例をご紹介しながら検討したいと思います。

 
育休をとると昇給できない?!
~2015年12月18日付最高裁判決(医療法人稲門会事件)

 この最高裁判決の結論は上告棄却判決と言って、つまり高等裁判所の判断が最終的な結論となったものですが、事例としては、ある病院が、病院の看護師が3ヶ月の育児休業を取得したことを理由に職能給の昇給を見送ったことについて、育児介護休業法10条や公序良俗に違反すると判断されたものです。
 
 この事例では、病院に3ヶ月の以上の育児休業をすれば職能給を昇給させないという「不昇給規定」があったのですが、育児休業のみを、同じ不就労である遅刻、早退、年次有給休暇、生理休暇、慶弔休暇、労働災害による休業・通院等とは異なり、職能給昇級の欠格要件である3ヶ月の不就労期間に含めたことを基づき、育児休業を上記欠勤等に比べて不利益に取り扱うことに合理的理由は見出しがたいので、同昇級規定が公序良俗違反により無効と判断されています。
 
注目されるのは、育児休業だけでなく、他の欠勤も同様に昇級対象から外していたら、果たして不昇給とすることは可能であったのかという点です。この点については、特に判旨上触れられておらず、何ら判断はなされていません。
 
厚生労働省の見解
 厚生労働省の指針及び通達によれば、育児休業取得を理由とする不利益な取扱として禁止される行為の典型例としては、以下の事項が挙げられています。
 
① 解雇すること。
② 期間を定めて雇用される者について、契約の更新をしないこと。
③ あらかじめ契約の更新回数の上限が明示されている場合に、当該回数を引き下げること。
④ 退職又は正社員をパートタイム労働者等の非正規社員とするような労働契約内容の変更の強要を行うこと。
⑤ 不利益な自宅待機を命ずること。
⑥ 降格させること。
⑦ 減給をし、又は賞与等において不利益な算定を行うこと。
⑧ 昇進・昇格の人事考課において不利益な評価を行うこと。
⑨ 不利益な配置の変更を行うこと。
⑩ 就業環境を害すること。
⑪ 派遣労働者として就業する者について、派遣先が当該派遣労働者に係る労働者派遣の役務の提供を拒むこと。
 
そもそも育児休業期間中の賃金を無給とすることは認められており、⑦にいう「不利益な算定」や⑧にいう「不利益な評価」が何を指すのかは問題となるところです。上記の事例でも、合理的な理由なく「不利益」に取り扱ったことが法令違反とされています。
この点について厚労省は、
「現に働かなかった時間」→無給はOK
「現に勤務しなかった日数」→退職金や賞与算定対象期間から日割りで控除はOK
「育児休業期間」→昇給の人事考課において選考対象としないのはOK
としています。
しかし、休業期間、休暇を取得した日数又は所定労働時間の短縮措置等の適用により現に短縮された時間の総和に相当する日数を「超えて」働かなかったものとして取り扱うことは、「不利益」な算定を行うことに該当するとしています。また、休業期間を「超える」一定期間昇進・昇格の選考対象としない人事評価制度とすることは、「不利益」な評価に該当するとしています。
 つまり、まさに育児休業を取得して就業していなかった期間について、その期間中の不就業の事実そのものを評価の対象とすることは、認められるということです。
 しかし、その期間を「超えて」就業していないと評価することは許されないとされています。
  
賞与の不支給が労働者の期待権を侵害する不法行為となるとされた事例
~平成29年12月22日付東京地裁判決

 上記のとおり、育児休業を取得して就業していなかった期間を就業していないと評価することは適法である一方で、その期間を「超えて」就業していないと評価することは、合理的な理由なく「不利益」に取り扱うこととなり、違法となりますが、具体的には、どのような場合にその期間を「超えた」と言えるのでしょうか。
 
 最近の事例で、平成27年12月に支給される賞与の査定期間が「平成27年6月から同年11月」で、産休の開始が「同年10月21日」であった場合、休業期間が査定期間6ヶ月のうち1ヶ月10日に留まること、給与規定上は査定期間内における出勤割合を重視しているといえることから、約22%を超えて賞与を減額することは、休業期間を「超えて」休業と取り扱う「不利益な取扱い」に該当すると判断されました。
 
最後に
 具体的には個別の事例において、合理的な理由なく「不利益」に扱っているかどうかを、休業した期間中の休業という事実を「超えた」取扱いがなされているかどうかで判断することになり、各社の就業規則・給与規定・昇給規定にどのような定め方があり、どのような運用がなされているかによって、適法違法を峻別判断することとなります。
 なお、冒頭に妊婦加算について触れましたが、妊婦が妊婦であることから妊婦でない場合と比べ、薬の種類を変更するなど、格別の配慮を現実に行ったのであれば、妊婦加算は、合理的な取扱と言えるでしょうが、そうではない場合にまで一律に加算するというのであれば、それは合理的理由なき「不利益」取扱いであるように思います。
 
(文責: 弁護士 池田 千絵)
 
 
(参考)
雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律
(昭和四十七年法律第百十三号)(抄)
(婚姻、妊娠、出産等を理由とする不利益取扱いの禁止等)
第九条事業主は、女性労働者が婚姻し、妊娠し、又は出産したことを退職理由として予定する定めをしてはならない。
2事業主は、女性労働者が婚姻したことを理由として、解雇してはならない。
3事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第六十五条第一項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第二項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
4妊娠中の女性労働者及び出産後一年を経過しない女性労働者に対してなされた解雇は、無効とする。ただし、事業主が当該解雇が前項に規定する事由を理由とする解雇でないことを証明したときは、この限りでない。
 
育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律
(平成三年法律第七十六号)(抄)
(不利益取扱いの禁止)
第十条事業主は、労働者が育児休業申出をし、又は育児休業をしたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
(準用)
第十六条第十条の規定は、介護休業申出及び介護休業について準用する。
(準用)
第十六条の四第十条の規定は、第十六条の二第一項の規定による申出及び子の看護休暇について準用する。

(文責 弁護士 池田千絵)

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